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歴史
当社について 2012.10.25
時代にさきがけて
勝藤屋の創業は大正10年(1921年)。今井勝造・藤三郎兄弟が、京都駅にほど近い京都市下京区の地に、食品包装資材を扱う商店を開いたことに始まります。兄弟の名前は屋号「勝藤屋今井」の由来ともなりました。
以来、いつの時代も変化を恐れずに新しい素材を取り入れ、世に送り出してきた歩みをご紹介します。
勝藤屋の歩み
1921年 | 今井勝造・藤三郎兄弟が京都市下京区塩小路通堀川西入で「勝藤屋今井商店」を創業 当時は、竹の皮・杉の折箱・コワ材(端材)を釘留めした割折・経木を金具で留めた白折と呼ばれる折箱・木の薄板でできた木舟などをおもに製造・販売していました。ポリ袋などが存在しなかった頃で、新聞や雑誌を糊で留めた袋なども販売していました。 |
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1927年 | 京都市中央卸売市場開設と同時に、下京区朱雀堂ノ口町に進出。市場付属売店で営業を始める 敷地20坪の売店は、当時としては珍しい鉄筋コンクリート建てのモダンな造りでした。閉店後は店舗の2階で折箱を作り、翌朝午前3時の開店に備えました。 |
1945年 | 終戦 |
1953年 | 「株式会社 勝藤屋今井商店」に改組。今井勝造 代表取締役に就任。当時の従業員は16名 |
1964年 | 資本金120万円に増資。今井勝造 逝去 東京オリンピック |
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1965年 | 今井勝太郎 代表取締役に就任。資本金300万円に増資 |
1966年 | この頃、プラスチック製容器の販売を開始 高度経済成長の中で出まわり始めたプラスチック容器をいち早く商品に取り入れました。それまで食品容器といえば木舟や木の折箱でしたが、密閉性が高く形状変化に富むプラスチック容器は、利便性の上で重宝されました。 |
1967年 | 現住所の朱雀分木町に20坪の新店舗を構え、市場売店との2店舗体制となる |
1968年 | 発泡スチロール製ユニケース折箱を開発、発売開始 当時専務であった今井武男が、建材として開発された木目柄の発泡スチロール板に出会い、「これを使って箱を作れないか?」という発想からユニケースの開発を開始。全国でもきわめて早い時期に発泡スチロール製折箱の製造に成功し、販売を始めました。規格品としてサイズ展開し流通化に成功したのは、全国でも勝藤屋が初めてでした。 |
1971年 | 和紙製品の取り扱いを拡大。 京料理の演出がブームになり始めた頃。お料理の上品なイメージアップ材料として和紙製品に注目し、本格的に取り扱い始めました。当時、市場の店としては珍しいことでした。 |
1973年 | 第一次石油ショック |
1974年 | 本社社屋新築にともない市場付属売店から本社機能を移転。資本金1000万円に増資 |
1975年 | 「ロイヤル弁当」 5月、英国エリザベス女王が来日。伊勢を訪問された際に、京都から鳥羽までの近鉄電車車中では都ホテル製のお弁当が出されました。その木箱を勝藤屋がお作りし、後年(1999年)テレビでも紹介されました |

当時のロイヤル弁当

番組で再現されたロイヤル弁当
1976年 | 京都府向日市に倉庫新築 |
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1979年 | 今井勝太郎逝去により、今井武男 代表取締役に就任。「株式会社 勝藤屋今井」に改名。 南区上鳥羽に倉庫新築 第二次石油ショック |
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1980年 | 「東大寺のおべんとう」 東大寺大仏殿の昭和の大修理完成を祝う落慶法会が、10月の5日間をかけて行われました。のべ4千人分のお弁当をまかなったのは吉兆料亭。お弁当箱には勝藤屋のユニケースが使われました。当時のエピソードは吉兆前主人・湯木貞一氏著「吉兆味ばなし」(暮らしの手帖社)にも語られ、この時のお弁当箱は現在も吉兆さんで使われています。 |
1982年 | 本社社屋増築 |
1983年 | 本社社屋増築 陶磁器専門店 うるはし堂開業 石油ショック以降の資源保護意識の高まりを受け、使い捨てではない商品による経営の多角化をめざして、陶磁器専門店 うるはし堂が開業しました。当初は包材店が営む陶器店は浸透しづらかったのですが、これまでご贔屓いただいてきた料理店や仕出屋さんなどの顧客層に向けて、地道に営業活動を続けました。 |

1984年 | このころからユニ折箱正倉院、ユニ折箱西陣、ユニ折箱点心シリーズ、ユニ折箱御所車、すだれ折などデザイン性豊かな折箱が続々と生まれました。 |
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1985年 | 阪神地区に向けて積極的な営業活動を開始する |
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1986年 | 本社第二社屋新築 厨房道具専門店 今井春慶堂開業 お客様のニーズに合わせ、鍋や包丁・業務用洋食器・食品サンプル・清掃用具にいたるあらゆる店内道具を揃えたお店を開業しました。 |


1989年 | 上鳥羽倉庫増築 |
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1991年 | 本社第二社屋増築完成 今井春慶堂をイマイ厨房に改称 今井春慶堂が厨房の設計施工を業務化するようになり、名も「イマイ厨房」と改めました。 |
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1993年 | 勝藤屋オリジナルユニケースを全国展開 木箱やユニケースなど勝藤屋のオリジナル商品をカタログ化し、全国的な宣伝活動を開始しました。 |
1995年 | 電話受注センター設置 専任オペレーターを配置して電話受注を開始。電話口でお客様をお待たせすることなく、より確実に商品をお届けできるようになりました。 |
1996年 | おせち重の全国販売を本格的に開始 別注工房設置 お店の手提袋やライターなどの販促ツールを、お気軽にご注文いただける窓口を店内に設け、デザイン版下の作成等もてがけるようになりました。 |
1998年 | 京・朱雀道具町ビル新築。第二社屋のイマイ厨房を移転し、売場を拡張 各店舗の総称として「京・朱雀道具町 勝藤屋今井」を展開 イマイ厨房の移転に伴って洋食器などはうるはし堂へ移行し、 うるはし堂はうつわの専門店として拡充されました。 |


1999年 | 京・朱雀道具町 勝藤屋今井WEBサイトを公開 |
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2000年 | 今井武男 代表取締役会長に就任 今井勝 代表取締役社長に就任 |
2001年 | 専任の営業マンによる全国への営業活動を開始 |
2003年 | 上鳥羽倉庫を増築、上鳥羽商品センターとする 「京・朱雀道具町 勝藤屋今井」を「京・朱雀道具町 勝藤屋」に改称 「勝藤屋今井本店」を「勝藤屋」に改称 |
2005年 | 向日市倉庫を売却し、物流機能を上鳥羽商品センターに集中。 インターネットの一般化に合わせてWEBサイトを「京・朱雀道具町katsufujiya.com」としてリニューアル。 |
2010年9月 | 京朱雀道具町ビル5号館を新築。うるはし堂をリニューアル 京朱雀道具町ビル3号館を全面改装し勝藤屋西館としてリニューアル |
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京朱雀道具町3号館 勝藤屋西館店内

京朱雀道具町5号館 うるはし堂店内
2012年8月 | 新花屋町倉庫6号館を新築。集荷配送体制を強化。 |
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2012年12月 | 東京都足立区に東京事務所開設 |

2015年3月 | 東京事務所をさいたま市緑区へ移転 |
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2016年5月 | 5月1日「株式会社 勝藤屋」へ社名変更 |
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2018年4月 | 今井勝 代表取締役会長に就任 今井仁 代表取締役社長に就任 |
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2018年7月 | 東京事務所をさいたま市桜区へ移転、拡張 |